はじめに
『けものティータイム』は、2025年9月3日に発売されたアドベンチャーゲームです。
本記事執筆時点(2026/08/29)で、Steam版のレビューは1,585件、「圧倒的に好評」となっており、非常に高い評価を受けている作品といえます。今回はそんな本作を、約10時間ほどかけてクリアまで遊んでみたので、その感想を書いていこうと思います。
初めに言うと、本作はかわいい喫茶店ゲームに見えますが、決してかわいいだけの作品ではありません。
見た目以上に重く、それでいてとても優しい。「大切な人との別れにどう向き合うのか」「限られた時間をどう生きるのか」という、人生そのものに関わるテーマを真正面から描いた作品です。
これまでさまざまな作品を遊んできましたが、クリア後もしばらく頭から離れないほど、強く心に残る作品でした。
ここからは、そんな本作について詳しく感想を書いていきます。
なお、本作はプレイを始める前と、少し進めた後とで、作品に対する印象が大きく変わるタイプのゲームです。そのため、この記事では物語の核心に触れるネタバレを含んでいます。
未プレイの方や、これから遊ぶ予定の方は、その点だけご了承ください。
どんなゲーム? 軽く紹介

本作は、ケモミミが当たり前に存在する世界で、喫茶店を舞台にブレンドティーを作っていくアドベンチャーゲームです。主人公は、タルトとマカロンという2人の姉妹。2人がこの町へ移住し、新しく喫茶店をオープンするところから物語が始まります。
ゲームの基本は、来店したお客さんとの会話を楽しみながら、その人の好みに合わせてブレンドティーを提供することです。夜になると新聞やラジオから世界の情報を集め、そのまま翌日へ進んでいきます。
プレイフィールとしては『Coffee Talk』に近く、喫茶店という一つの場所を舞台に、人々の日常や人生を少しずつ覗いていくタイプのADVです。

また、本作の印象的なキャラクターデザインも見逃せないポイントです。
ケモミミファンにはたまらない、個性豊かなケモミミキャラクターたちが多数登場します。どのキャラクターも非常にかわいらしく、細かな演出にも力が入っているため、ビジュアル面の満足度もかなり高いです。
ただし、本作は決して「かわいいだけのゲーム」ではありません。
かわいいだけではない、本作が描く本当のテーマ
実際、Steam版の説明欄には、このような注意書きがあります。

お察しの通り、本作は『がっこうぐらし!』を彷彿とさせるような、広告やビジュアルから受ける印象とは裏腹に、かなり重いテーマを持った作品です。

序盤は本当に、姉妹で喫茶店を経営するだけの、かわいくて穏やかな日常が続きます。
昼はお客さんに合わせてお茶を提供し、夜は新聞やラジオから世界の情報を知る。
ただ、その穏やかな日常の裏側には、少しずつ不穏な情報が差し込まれてきます。
新聞には人口減少やパンデミックの記事が載り、ラジオからは明らかに人間とは思えない鳴き声まで聞こえてきます。
何気ない日常のすぐ隣に異常が存在している。この違和感の積み重ねが非常に上手いです

そして物語が進むと、それまで店に通っていたお客さんが体調を崩し、ついには「旅立って」しまいます。
ここでいう「旅立ち」とは、死を意味しています。
さらに明かされるのが、この世界における「ケモノ化」の真実です。
ケモミミたちはもともと人間で、ウイルスによって徐々にケモノ化していきます。そして、その変化に肉体が耐えられなくなることで、最終的には死に至ります。
つまり、本作に登場するケモミミたちは皆、自分に残された時間が限られていることを知りながら生きているということです。

作中では序盤から、
いまを噛み締めて笑おう。“幸福な旅立ち”のために……
という言葉が新聞に書かれています。
最初はどこか不穏に感じるだけだったこの言葉も、ケモノ化の真実を知ることで、その意味が大きく変わって見えてきます。
そして、ここで本作が描こうとしているものが見えてきます。
残された時間が決まっている中で、大切な人とどう過ごすのか。
本作が描くのは、衝撃的な死そのものではありません。
死ぬことが分かったうえで、その日までどう生きるのか。
その限られた日常を、穏やかな喫茶店での時間を通して丁寧に描いていく。
ここが、私が本作を特に好きになった部分でした。
別れを「旅立つ側」と「残される側」の両方から描く物語

本作では、物語を通していくつもの「別れ」が描かれます。
そこで共通しているのが、先に旅立つ側と、残される側、その双方の思いを丁寧に描いていることです。
思い合う恋人、仲の良い姉妹、慕う弟子と師匠など、さまざまな関係性を通して、それぞれの別れが描かれていきます。
先に旅立つ側は、自分がいなくなった後に残される相手のことを心配します。
「自分がいなくなった後、この人は大丈夫だろうか」
「できるだけ悲しませたくない」
「自分のことを気にせず、幸せに生きてほしい」
一方、残される側にも、「残された時間をできる限り幸せに過ごしてほしい」「自分にできることはすべてしてあげたい」という思いがあります。
どちらにも別れへの恐怖や迷いがあり、それでも大切な相手には笑っていてほしい。
そんな双方の思いと葛藤を描いているところが、本作の本当にすごいところだと思います。
そして、本作はこれだけ重いテーマを扱いながら、描かれるのはあくまで喫茶店での何気ない日常です。
一緒にお茶を飲んだり、くだらない話をしたり、ときには喧嘩をしたりする。
残された時間が限られていることを知っているからこそ、そんな何でもない日常が、とても大切なものに見えてきます。
悲しみさえも、大切な人を愛した証であること

また、本作で特に印象に残ったのが、残された側が悲しみとどう向き合うのかという部分です。
大切な人を失えば、
「もっと何かできたのではないか」
「この選択で本当に良かったのか」
と、どうしても後悔は残ります。
ただ、本作では大切な存在がいなくなった後に残る悲しみを、単純な「不幸」として描いていません。
その切なさもまた、大切な人と幸せな時間を過ごしたからこそ生まれるもの。言い換えれば、旅立った相手への愛おしさの延長線上にある感情として描かれています。
この考え方が、あまりにも優しくて切ないです。
本作は、直接的で衝撃的な死のシーンを見せる作品ではありません。
旅立つ側と残される側、それぞれが何を考え、別れまでの時間をどう過ごし、その後をどう生きていくのか。
そこを丁寧に描いているからこそ、胸を打たれます。
最愛の妹との別れ

そして物語の最後に待っているのが、タルトとマカロン、姉妹の別れです。
物語が進むにつれてマカロンにもケモノ化の兆候が現れ、ここまで何人もの「旅立ち」を見てきたからこそ、それが何を意味しているのかプレイヤーにも痛いほど分かります。
終盤、タルトは、マカロンと過ごした時間そのものに価値があったと語り、悲しみも含めて、その思い出を抱えながら生き続けることを選びます。
ここが本当に良かったです。
本作は、「大切な人を失っても笑顔で前を向こう」と単純に励ます作品ではありません。
ずっと笑顔でいられなくてもいい。悲しみも後悔も抱えたままで、それでも生きていく。
その考え方が、とても優しいんですよね。
そして最後の一日も、何か特別なことをするのではなく、いつものような日常を噛み締めながら過ごしていきます。
別れの瞬間も驚くほど静かです。
だからこそ、余計に泣けました。
本作では次々と人が旅立っていきます。それでも、作品全体が決して陰鬱な空気に包まれることはありません。
悲しい。寂しい。それでも、残された人たちは今日という日を大切にしながら生きていく。
これだけ「死」を身近に描きながら、ここまで優しい雰囲気を保ち続ける作品は、なかなかないと思います。
どんな選択にも、後悔は残る

このテーマも、本作で特に印象に残った部分です。
本作では、残された大切な時間をどう過ごすのかという場面が何度も描かれます。
そして、その中では時に大きな決断を迫られることもあります。
作中では、とあるキャラクターがこんなことを語ります。
後悔は尽きないよ。
大切な誰かの旅立ちはいつだって。
だから今日をかみしめて生きるんだ。
この言葉も、本当に印象に残りました。

物語の終盤では、主人公もまた大切な決断を迫られます。
それまで同じような別れを経験してきた人たちから、「後悔しない選択をしてほしい」と背中を押される一方で、「どんな選択をしても、その決断を受け入れる」とも言われます。
ここがすごく重いんですよね。
どちらを選んでも、完全に間違いとは言えない。
でも、どちらを選んでも何かしらの後悔は残るかもしれない。
それでも、自分で悩んで決断しなければならない。
本作はそれを、最後にプレイヤー自身へ委ねてきます。
マカロンにラムネを飲ませるのか、それともシロップを飲ませるのか。
ここまで大切な人との時間や別れについて何度も描いてきたうえで、この決断をプレイヤー自身に選ばせるのは、本当に重いです。

そして、この選択があったからこそ、個人的には本作のゲームとしての体験も強く印象に残りました。
本作には複数のエンディングがあります。普段であれば、当然ほかの選択肢も見てみたくなります。
しかし今回は、どうしてもロードして選び直す気になれませんでした。
ここまで、「どんな選択にも後悔は残る」「それでも、自分で悩んで選んだ答えを抱えて生きていく」という物語を見てきたからです。
エンディング回収のために自分の選択をなかったことにするのが、この作品から受け取ったものを否定するような気がしました。
どんな決断をしても後悔はあるかもしれない。
それでも、そのとき自分が悩んで選んだ答えを受け入れて生きていく。
ゲームの選択肢に対して、こんな感覚になったのは初めてでした。
本作は鬱ゲーなのか

最後に、「本作は鬱ゲーなのか」という点についても触れておきたいです。
結論から言うと、さすがに「鬱ゲーではない」とは言い切れません。
ただ、個人的には単純に「鬱ゲー」とだけ呼んでしまうのも少し違うように感じました。
出来事だけを見れば、かなり重い作品です。
パンデミックによって人口は大きく減少し、ケモノ化した人々は助からない。若い人たちも次々と旅立っていき、主人公はそれを見送り続けます。そして最後には、最愛の妹との別れまで待っています。
設定だけを並べれば、かなり重たい作品です。
ただし、実際のプレイ体験は、決して陰鬱なだけではありません。
本作では多くの人が旅立っていきますが、その死は凄惨だったり、ショッキングに描かれたりするものではありません。
本作が描いているのは、死そのものではなく、別れまでの時間をどう過ごすのか。そして、別れたあとをどう生きていくのかという部分です。
だからこそ、本作では、
「死があるから日常が暗くなる」のではなく、「死があるから何でもない日常が愛おしくなる」
という感覚があります。
そう考えると、個人的には「鬱」という言葉よりも、ずっと作中でも何度もつかわれた「切ない」という言葉のほうが近い作品でした。
悲しい出来事はたくさんあります。
それでも、不思議と暗い気持ちだけが残る作品ではありません。
優しさと切なさが、プレイ後もしばらく心に残り続ける。
そんな作品だったと思います。
まとめ

『けものティータイム』は、かわいいケモミミたちとお茶を楽しむ作品に見えて、その実、「大切な人との別れにどう向き合うのか」を真正面から描いたADVでした。
旅立つ側も、残される側も怖い。どんな選択をしても後悔は残る。それでも限られた時間を大切にして、悲しみさえも抱えながら生きていく。
「死があるから日常が暗くなる」のではなく、「死があるから何でもない日常が愛おしくなる」。
そんな考え方を、かわいく穏やかな喫茶店の日常を通して描いているからこそ、本作はこれほど心に残るのだと思います。
プレイ時間は約10時間。
見た目から想像していたものとはまったく違う、優しくて、切なくて、それでいてとても深い作品でした。
個人的には、本当に遊んでよかったと思える一本です。














コメント
コメント一覧 (1件)
[…] 詳しいクリアレビューはこちら […]